第36回(2012.10.13)   田んぼと芸術とビジネスシステム

 新潟の越後妻有地区では、3年に1回、「大地の芸術祭の里」という芸術祭が開かれています。今年の芸術祭は9月で終了しましたが、若い世代から、親子連れ、老夫婦など、幅広い年代の人たちが多く訪れました。

 今年の目玉作品のひとつに、「棚田」があります。今回は、この棚田と芸術とビジネスシステムについて考察してみたいと思います。

 棚田とは、山の斜面を利用した田んぼであり、水平面をつくらないと田んぼはできないため、山を削って階段状にしてつくった田んぼのことです。田んぼではありますが、段々畑とも言うそうです。新潟は山が多いこともあり、この棚田が多く存在しています。

 新潟の越後妻有地区に北向きの棚田がありました。この棚田の持ち主は、米をつくることを止めようと思い始めていました。理由は、この棚田が北向きに面しており収穫の効率があまり良くないことと、持ち主である自分も年老いてきたことにありました。

しかし、そのように思っている時に、ウクライナの芸術家がその棚田を訪れた時に、「これは美しい。芸術だ」と感じたそうです。

そして、その芸術家は、棚田の脇や道に彫刻のオブジェをつくりました。さらに、ネット(インターネットではなく、本当の網)に“詩”を書き、このネット越しに芸術となった棚田を見るというビュースポットをつくりました。「文字を書いた網戸を通して庭を見る」というようなイメージです。私も、この写真を見て、是非行きたいという衝動に駆られ、実際に行ってしまった訳です。

当然、その棚田を見に来る人は次第に増えて行きました。見に来てくれる人が増えてくると、もう止めようと思っていた棚田の持ち主は、俄然やる気が出てくることになります。この気持ちはよく理解できますし、人間の持つ本質的欲求のひとつと思います。

 中学生の頃、陸上競技場で長距離走の競技を行なうと、応援がある正面側になると急にスピードを上げて数人を抜いて行くのですが、応援がない向こう正面に行くとその倍の人数に抜かれる男子がいましたが、このような気持ちと通じる所があるかもしれません。

さて、棚田の続きですが、棚田を鑑賞する人達が増えてくると、その棚田が見えるレストランができ、そして、そのレストランでは、芸術棚田から収穫された米を提供するということになっていきました。

 米を栽培するという基本機能の面では非効率であったものが、芸術という付加価値が加わることにより価値が多重になり、そして新たなビジネスシステムが出来上がったという、非常に興味深い例ではないかと思います。

ちなみに、我が家でも網戸に文字を書こうと提案しましたが、当然、却下されました。