第61回 欲求の本質に迫る~「昭和の名曲“天城越え”の制作の狙い」

前回は、昭和の歌を題材としましたが、昭和レトロのブームもあり今回もある昭和の名曲について書いてみます。

昭和の名曲のひとつに石川さゆりさんの「天城越え」があります。1985年にリリースされた演歌に分類される歌です。この歌は作詞を吉岡治氏、作曲を弦哲也氏、編曲を桜庭伸幸氏が手がけました。

実は、この歌の制作に当たって狙いとしたことがユニークなのです。それは、「石川さゆりにしか歌えない、難易度の高い歌を」だったそうです。つまり、素人が歌うのは難しい曲を作ろうということです。

当時はカラオケがブームであり、カラオケで歌ってもらえる歌が売れる歌という方程式のようなものがありました。デュエット曲「3年目の浮気」、あるいは「勝手にしやがれ」などは好んで歌われており、楽曲を制作する側もカラオケで歌ってもらえることで売上を作ろうとしていました。ところが、このような背景がある中で、あえて素人がカラオケで歌えない歌を作ったのです。確かに「3年目の浮気」に比べると圧倒的に難しい歌です。

では、「天城越え」はカラオケで歌われなかったのでしょうか。実は、歌が上手い「歌うま自慢」の人達の闘争心に火がつき、非常に多くの回数歌われたのです。

歌うま自慢の人は、「あこがれの存在になりたい」という欲求の本質を歌で満たそうとするのですから、より難しい歌に挑戦するのは当然なのでしょう。

ちなみに、第一興商の通信カラオケ“DAM”がサービスを開始した1994年4月から2018年までのデータを集計したところ、「天城越え」は最も歌われた楽曲として演歌では首位、全楽曲の中でも4位となっています。

このように、制作側の意図とは全く反対の結果になりました。しかし、曲は大ヒットしました。

新規事業を検討する場合、売上規模や市場規模を先行して考える傾向にあると感じます。もちろん大事ですが、直接的に売上を狙うのではなく「顧客の本能をどう刺激するか」のようなことを検討した方が特徴も明確になり、売上も大きくなるのかもしれません。

「天城越え」という歌は、まだ色々な角度から考察できると思います。皆様も時間のある時に考察してみてはいかがでしょうか。