第59回 欲求の本質に迫る~「自治会の広報誌を担当して大クレームを浴びた」

 私事ですが、昨年度地元の自治会の役員になり広報誌の作成を担当しました。その広報誌の内容にて大クレームを浴びてしまいました。コロナ禍の中、このクレームは心をさらに落ち込ませたのですが、今回は、この大クレームをきっかけに考えたことを書いてみます。

 自治会の広報誌を担当したのですが、少し楽しい誌面にしようと考え「あなたも校閲部員」というクイズを入れました。意図的に漢字を間違え、その漢字を当ててもらう という単純なものです。「回答は来月号に掲載します」と案内したのですが、その案内文の“回答”が間違えで“解答”が正解というような感じです。
すると翌月に会員に方から、笑点で「あなたは18歳、それとも81歳」というテーマの大喜利が面白かったから広報誌に載せてはどうかと提案がありました。そして、以下のような内容を10個程度載せました。

「まだ何も知らないのが18歳、もう何も覚えていないのが81歳」
「髪の乱れが気になるのが18歳、脈の乱れが気になるのが81歳」
「道路を暴走するのが18歳、逆走するのが81歳」

“もしかすると不快に思う人がいるかもしれないな”とも考えたのですが、せっかくのご提案なので載せました。すると、悪い予感が当たってしまい無記名の大クレームの手紙が届きました。

「私には認知症の親がおり、とても笑えるものではない。自治会の広報誌に載せるとは何事か」

のような内容です。面白かったと言ってくれた人もいたのですが、やはり広報誌としては適切ではなかったと反省をした次第です。
ただし、このクレームをきっかけに、盛り上がりに欠く自治会活動というものを少しまじめに考えたくなりました。すなわち、「自治会活動とは何か?」という自問自答です。
「自治会活動とは何か?」のような抽象的な疑問は、直接的に考えることは難しいので一般的なボランティア活動との違いから考えてみました。
自治会活動も無料奉仕という点ではボランティア活動と言えると思いますが、一般的なボランティア活動とはどうも違うように感じます。では、どこが違うのか。一番の違いは感謝とやりがいにあるのではないかと考えます。
一般的なボランティア活動は、支援を受けた側は心から感謝します。そして、ボランティア側は感謝されることで幸せ感を感じます。この幸せ感はオキシトシンというホルモンが分泌されことから生じる感情であり、科学的にも証明されています。
一方、自治会活動は役員をやっても感謝されることはほとんどありません。反対に、クレームや批判は多く受けます(今回のようなクレーム)。当然、オキシトシンは分泌されないので幸せ感も感じません。ここに大きな違いがあるように感じます。
次に、子供会と比較して考えてみました。
子供会は、「子供達に楽しんでもらいたい、いい思い出をつくって欲しいという思いを持って行う活動」と捉えることができます。とても分かりやすく感じます。何故なら、サービスを提供する対象が明確(子供)であり、かつ目的も明確であるためです。

このように考えてみると、自治会活動は、「誰のため」という対象者が曖昧です。また目的も曖昧であることに気づきました。すなわち、盛り上がりに欠く根本の原因には、「サービスを提供する対象者と目的が曖昧である」があるのではないかという仮説が浮かび上がってきたのです。
自治会活動においても、目的の絞り込みからスタートする「目的指向アプローチ」の考え方が必要であると結論づけ、自己満足した次第です。