第56回 欲求の本質に迫る 「ナイキの厚底シューズの行方」

今、マラソン等の長距離種目は、ナイキの厚底シューズが問題となっています。このシューズを履いて走ると記録が伸び、たとえば、今年の箱根駅伝では10区間中7区間で区間新記録が出るという驚異的な記録ラッシュとなりました。

しかし、皆様もご存じのように、この厚底シューズは世界陸上連盟が禁止するかどうかの調査に入ったという情報が流れてきています。
ということで、今回は、この厚底シューズの規制の動きについて考察してみたいと思います。


さて、このシューズは禁止されるでしょうか、されないでしょうか。
禁止すべきではないという意見としては、「道具としての技術の進化は他にもある。たとえば、ゴルフのクラブは反発力が大きくなるよう進化している。テニスのラケットのガットも進化している。これらが許されているのだから厚底シューズを規制するのはおかしい」というものです。


一方、規制すべきという意見としては、「水泳の高速水着は禁止になった。厚底シューズが禁止になってもおかしくはない」、などです。
このような話を聞くと、「禁止する、しないの境い目」はどこにあるのかを見極めたいという欲求に駆られます。たとえば、雨の降っている所と降っていない所の境い目を見たい、腹8分目と8.1分目の境い目を感じたいなど、境い目を知りたいというのは多くの人が持つ欲求なのではないでしょうか(それとも、私だけか?)。
ということで、スポーツ用品における禁止すべきか、すべきでないかの境い目について考えてみます。


重い物を持ち上げることを支援する“ロボットスーツ”が、介護等の現場で使われ始めています。もし、このロボットスーツを重量挙げの競技に使ったらどうでしょうか。恐らく、これはアウトです。高速水着は、水の抵抗が小さいだけではなく、樹脂が使われており浮力が働くために禁止になったということです。
これら2つの例は、アウトになっても仕方ないという感覚があります。
一方、反発力を強める野球の圧縮バットや空気抵抗の少ないゴルフボールは、セーフのような感覚があります。


ここから推察される境い目は、「道具と道具との関係や道具と自然との関係における技術の進化ならセーフだが、人の動作を直接的に支援する道具の進化はアウト」ではないかというものです。この境い目の考え方は、それなりに腑に落ちるものと感じます。
では、ナイキの厚底シューズはどうなのか。ナイキのシューズは、カーボンプレートが足裏に反力を与えるため直接動作を支援する道具と考えられます。よって、上記考え方からするとアウトになります。理屈では、このような結論になります。


ところが、靴底のカーポンプレートは既に短距離のシューズに利用されているようです。既に採用実績があるとなると、話は理屈通りにはならなくなります。さらに、道具を提供する側はビジネスで提供しており、規制を緩い方向にもっていきたい欲求があります。話はさらに複雑になります。そして選手の心も複雑になります。


皆さんは、この行方をどのように考えらえるでしょうか。
ところで、新規事業における境い目としては、「事業化するか、しないかの判断の境い目」、「撤退するか、しないかの判断の境い目」などがあります。
話が複雑にならないように、新規事業においても、オリジナルの境い目を事前に設定しておくことが大切と改めて感じます。